ヒロシのモーターサイの旅 2003年7〜8月 北欧旅行

2003-07-23 (Day1)


今回のツーリングの目的は、ひたすら北上し、欧州大陸最北端まで行くこと。ついでに、フィヨルドを観て、ノルウエーの森でムーミンに会うこと。


ソフィアを出てE-80を60キロほど走るとユーゴスラビアとの国境に着く。車の量が少なく、手続きに時間はかからなかった。ユーゴに入ってからPirotまでは道が悪い。PirotからNisまでは幾らかましになる。しかし、ブルガリアとマケドニアであれだけ悩まされたドンキーが全く見られない。幹線道路のせいもあるだろうが、ドンキーがいないとなんとなく寂しい。Nisからは高速となる。交通量は少なく快適に飛ばせる。有料で切符を受け取って最後に支払うシステム。ベオグラードの手前まで約150キロ走って16ユーロ。ベオグラードの先にも料金所が2個所あって、6ユーロづつとられた。大した道ではないのにこれは高すぎ(4斜線拡幅工事をやっているので近々高速になりそう)。高速道路上のGSで給油。12Lで10ユーロ(ユーロで大丈夫)。ユーゴを500キロ程度一気に走り、4時過ぎにはハンガリーに入る。ユーゴ側のイミグレで、バイクの話題で盛り上がる。毎度の事だが、「なんでお前は日本人なのにBMWなのだ。俺はヤマハに乗っているぞ」等の話。今日話した税関のお兄ちゃんは、ヤマハのV-Maxに乗っていて、最高のバイクだと絶賛していた。V-Maxは知っているが、典型的なドラッグレーサーで、馬力はすごいがタンクが小さく、ツーリングには全く不向き。「V-Maxは良いバイクだけど、タンクが小さすぎるね」と言うと。「それが唯一の問題だ」とのことであった。

ハンガリーに入り給油するがユーロで問題なし。ハンガリーのイミグレ・税関では、GreenCard(車の国際保険証)は要求されなかった。車の様子を見ていると、パスポートだけでOKであった。ユーゴでは道がうねっていたり舗装が荒かったりしたが、ハンガリーに入ると俄然道が良くなる。ドイツと同レベルである。運転マナーも良くなる(ドイツほどではないが)。ブダペストの手前100キロ地点の小さな街(Kiskunfelegyhaza)の街道沿いのモーテルHotelOazis泊(25ユーロ)。近くのスーパーで買い物をしたらVISAカードが使えた。ハンガリーは完全に西欧だな。北緯42度から46度まで上がったので、日没時間が20分遅くなり9時22分になった。但し、時差が1時間あるので、8時22分が実際の日没時間。その代わり、朝は5時過ぎると明るくなる。

走行702キロ



2003-07-24 (Day2)

5時過ぎに目がさめる。散歩をして準備終えて朝飯。レストランが6時からやっているのであり難い。夕食も6−10時と早寝早起き生活には助かる。ラテンの国だと晩飯時間も朝飯時間も遅いので調子が狂う。宿のおばちゃんによると、ハンガリーのEU加盟は1年以内。ユーロ導入は5年程度とのことである。既に、ユーロはどこでも使え問題ない。


ブダペストを目指してE-75を北上。途中料金所があり、100キロ程度なのに10ユーロもした。ブダペストを迂回してE-60を西にオーストリアを目指す。こちらの区間は200キロ以上走ったにもかかわらず無料であった。北欧への最短ルートを取る為、ウィーンの手前100キロ地点からE-65に乗り進路を北へ。2斜線道路だが舗装が良く交通量も少なく快適。まもなくするとスロベキアとの国境に到着。パスポートのチェックだけで、バイクの書類のチェックは無し。この国の高速道路もハンガリー同様ドイツ並みの整備状態。とにかく車の量が少ないので飛ばし放題。制限速度は130キロなので、車の流れは相当速い。但し、時折超スローなポンコツやトラックが前をふさぐので要注意。ガイドブックによると、高速ステッカーを買う必要があるとのことなので、税関で訪ねると、「バイクは不要」とのこと。100キロ程度走ると、今度はチェコとの国境。ここもパスポートチェックのみ。両国は10年ほど前まで同じ国だった訳で雰囲気も似ている。民族は違う筈だが、イミグレと税関の役人の顔しか見る機会がないので違いが良く分からないなあ。共に高速は無料。これは助かる。


プラハを目指してひたすら北上。プラハの手前で北緯50度を越える。今日も緯度で4度上がったことになる。日没は20時50分になる。日の出は5時10分。プラハを越えてドイツのドレスデン辺りまで行くつもりでE-65を走り続けるが、途中でE-55に乗る道を逃してしまいそのままE-65でドイツを目指す。最後は細い山道を抜けて、7時過ぎにようやくドイツにたどり着く。ドイツ国境(Zittau)では書類の審査が厳重で大変だった。パスポート、登録証、国際保険証を渡すと、ナンバーを見て「どこから来たんだ」と言うので、「ブルガリア」と答えると、「ちょっと調べるので待て」と言われしばし待たされる。その後、免許証を見せろと言うので、国際免許証を渡す。ここに来るまで免許証の提示要求はなかった。更にしばらくして「国内免許証を持っているか」と聞くので、「国内は日本に置いてきた。こちらでは国際だけで良い筈。いつもはレンタルだけでそれで大丈夫だった」と言うと、国内が無いとまずいような顔をして、また「しばらく待て」と待たされる。なんとなく、嫌な雰囲気。最悪、入国拒否されたらどうしようと考える。「ノルウエーまでムーミンに会いに行く」なんて言っても通用しないだろうな、戻るとしたどのルート等と心配になる。延々待たされて1時間程度が過ぎた時、ようやく「この国際免許証の番号は国内免許証と同じなんだな」と言うので、「そうですよ」と答えると、「なんだそれなら問題ないよ」とのこと。色々調べていたようなので、免許証番号を照合したのであろう。
流石ドイツ。テロリストの進入等に神経質なせいか、"怪しい"侵入者にはチェックが厳しい。確かに、バイクはブルガリアからで、パスポートは日本、パスポートのスタンプが山ほどあるので、怪しまれても仕方がないか。ここまで来る国境でも、パスポートは念入りに調べられた。問題はないのだが、早々にパスポートを新しくする必要がある。スタンプが多いのは良くないことは経験的にわかっている。最後に税関の叔父さんに近くのホテルを尋ねると、「200メートルも行けばあるよ」とのことで、すぐそこのこじんまりしたホテル(HotelRiedel)に投宿。ガレージにバイクを入れてくれた。駐車場で、「そのナンバー見たこと無いけど、どこから来たの」と聞かれる。「ホテルは高いから、プライベートルームにしたら。紹介するよ」とも誘われたが、「今日は疲れたのでここで良いですよ」とホテル泊。ビールとニシンのムニエルを食べてすぐ寝る。

走行800キロ。



2003-07-25 (Day3)

3時頃に雨音で目が覚める。雨かと少々気が重くなる。5時になると雨がやみ曇り空となる。出発時はぱらついていたが、その後やむことを念じて合羽は着ないで、ゴアテックスのインナーだけにする。これでも多少の雨ならOK。気温が18度と肌寒いので、ゴア・ウインドストッパーも着る。


一般道をBautzenまで20キロ程度走る。小さい町が次々に現れ、ほとんどスピードを出せないけどその分景色を楽しめる。Bautzenからアウトバーンに乗る。E-40(A-4)とE-55(A-13)を乗り継ぎベルリンの手前で休憩していると、K1に乗る叔父さんに会う。デンマークに行くルートを訪ねると、「Rostockからフェリーが出るので、そこから行くのが走る距離も短くなるし良いよ」とのことなのでそうすることにする。今日は数え切れないほどのバイクとすれ違い、追い越された。ほとんどが日本製のパワーバイクである。すれ違うのの多くは追い越し車線を走っていたので、150キロ以上は出ているのであろう。追い越して行ったのもその位かな。今日は距離を稼ぐ必要がないので、120キロ程度でのんびり走る。



Rostockに5時に着く。一休みして宿探しをするが、軒並み満室。「この街のホテルの部屋は全く無いよ」とのことで、あきらめてRostockを出る。街道沿いのホテルも数件当たるが、「海に近い所はまず無理だと思うので、内陸に入った方が良いよ」とのアドバイス。7時を過ぎ少々あせる。ガスを入れた直後発進すると、車が前を横切ったので急ブレーキで立ちごけ。これがGSを倒した初体験。傷は全く無し。気持ちがあせると危険である。Rostockから30キロ程度走りWismarで宿探しにトライ。最初のホテルは駄目。「どこかないですかね」と尋ねると、電話をしてくれる。「街一番のホテルSteigenburger Stadt Hamburgで良ければ空いている」との事なので、うろうろ探した挙句ようやく宿にありつく(85ユーロ)。このホテルは、いつもフランクフルトで泊まるホテルと同じチェーンである。広場の前に位置し絶好。室内駐車場に停められた(6ユーロ)。2泊したいと言うと、明日はいっぱいで駄目とのことで、翌日になったら他のホテルを当たるか。ATMでVISAキャッシングができる。なぜかCiticardは駄目(残がなくなったか)。今日も北緯50度から54度まで4度上がる。10時になってもまだ少し明るい。

走行600キロ。



2003-07-26 (Day4)

Steigenburger Stadt Hamburgは、一泊しか部屋が空いていないので、ホテル探しを朝の7時からはじめる。いくつか当たるがすべていっぱい。多分街で2番目位であろう4星Hotel Alter Speicherにあたると、「キャンセルがでているので部屋がある」とのこと。75ユーロ。昼前に引越しをする。ガレージは昨日同様有料で6ユーロ。同じ宿にフィンランドからハーレーのカップルが来ている。

今日は、3日間走った後の休養。街を歩くが、良く整備されている。しかし、人が多すぎるなあ。北欧からも相当数がドイツに来ているそうである。人が多いのは嫌なので、北欧に上がるのは正解であろう。


バイク用品店を見つけたので、後で見に来ようと昼過ぎに行くと既に閉店していた。土曜日の営業は10−13時とのこと。しかし、仕事をしない国である。スーパーも6時で終わり。仕方がないので、鉄道駅のキオスクでビールとジュースを買う。ビールは500ccで90セント。缶のリファンドが25セントと、リサイクルさせようと力が入っている。アメリカは5セントだったので、まあ良いやと捨ててしまうかもしれないが、25セントだと返しに行くだろうな。ちゃんとレシートと一緒に持っていかないと駄目とのことである。ドイツは買い物をしてもプラスチックバックをくれないので、自分で籠を持っていく必要がある。ポケットにビールを入れてホテルで飲むが、少しぬるくなってしまった。昼はタイ・中華のファーストフードを見つけた。タイ語で話かけるが、ベトナム人であった。夜は中華レストラン。海老と野菜の炒めた料理でGoodであった。



インターネットカフェを見つけたが営業していない。ホテルのネットは30分5ユーロ。1時間ちょっと使ったら15ユーロだった。明日の天気は雨100%となっている。さてどうするか。デンタルフロスを無くしたので買う。ついでに、寒さで肌が割れるのを防ぐためワセリンも買う。

腕が少し痛いのは、強風下で長時間走行した訳ではないので、こけたバイクを起こした為か。筋肉トレーニングを強化する必要があるな。

走行0キロ。



2003-07-27 (Day5)

今日はずっと雨との予報で気が重がったのだが、出発時は何とか雨は落ちていない。所々で強く降るが合羽を着るほどではない。A-7に乗り北上しデンマークに入る。やたらとハーレーに出会う。ドイツではアベレージスピードが高かったが、デンマークに入ると、がたっと下がる。追い越し車線でも130キロを越える車は少ない。デンマーク海峡を渡る20キロ近い橋は20ユーロ。コペンハーゲンからスウェーデンのMalmoに入る橋も17ユーロ(海底トンネル部分もある)。共にものすごい橋ではあるが、料金は馬鹿高。MalmoからE−22を少し北上して23号線に降りる。10キロほど走ってHoorのホテルに投宿。8時少し前だったのだが、レストランが8時で終わりとのこと。頼んで食べさせてもらったが、8時に閉店とはえらく早い。朝食も、9時で良いかと訊かれたので、もう少し早くできないかと頼むと、8時半にしてくれた。ここは、夜早く朝遅い生活パターンか。夕食の後は、庭でワインを飲む。噴水があって良い雰囲気。



デンマークは風車の国のことだけあって、風が強い所が多かった。風力発電機も沢山見かけた。途中で会ったフィンランドから来ていたハーレーの叔父さんのバイクに欧州大陸最北端であるノルドカップ(Nordcapp)のステッカーが張ってあった。「わしもここまでいくつもり」と言うと、「今でも夜はほとんど無いからいつまででも走れるよ」とのことである。「一日10時間程度走れれば十分」と私。ロシア、ポーランドあたりからもかなりバイクが来ている。ロシアからのバイクはハーレーが多いが、中には軍用使用の様なゴツイのも見かけた。乗っている連中も迫力満点。まるで映画の様である。



ドイツからここまで高速をほとんど使っているが、当然料金はすべてタダなのでとでも気分が良い。金を払うことは勿論だが、料金所で停まることが極めて鬱陶しいのである。Hoorでの緯度は56度。11時近くになってもまだ薄暗い。朝は3時半には明るくなり始める。スデンマーク、スウェーデンと人の顔つきが大分変わる。英語も良く通じるようになる。ホテルのレストランのお姉ちゃんもちゃんと英語を話す。言葉ではドイツより楽だな。




1385クローネの食事代にチップ215クローネプラスして1600クローネでサインする。ゼロを2つ取るとユーロになるというので、高コストの国にしてはえらく安い感じる。翌朝、レートを調べると1ユーロ9クローネで、食事代に170ユーロ以かかったことになる。確認すると、宿代895クローネ(100ユーロ)が含まれていた。となると、食事は30ユーロ、ワインが25ユーロ、チップが22ユーロということになる。道理でウエイトレスの姉ちゃんが喜んでいた訳である。事前にレートの確認は必要だな。カードで支払うと感覚がわからない。

走行650キロ。



2003-07-28 (Day6)

Hoorの街を散歩する。病院の前に墓地がある。しかも、病院の窓から墓地が見えるようになっている。考えてみれば、とても効率的な組合わせである。銀行を探しCiticardでクローネを引き出す。問題なし。デンマーク同様ユーロは使えるが、現地通貨は多少必要。


スウェーデンの一般道の制限は90キロ。デンマーク同様車の流れはゆっくり。道幅は広く大変快適。森の中を抜けていく感じで、時折湖が見えたり丘陵地帯になったりする。いつムーミンが出てきてもおかしくない雰囲気である。工事中がほとんどないのも快適性を高めている。Hoorを出てしばらくすると、アイドリングが2000回転から下がらなくなる。走行に支障はないが、低速でギクシャクする。この現象は、タンクを外した時取り付け方が悪かった為に起きた事があるが、盗難装置を取り付けたときにタンクを外した為か。しかし、しばらく走ると問題が無くなる。気温が下がった為にインジェクションの調子が狂ったのかな。ガスは物価が高い割には約1ユーロと、ドイツより少し安い位である。


途中キャンプ場を覗いてみる。流石に整備されている。せっかくキャンプ道具を積んでいるので、天気も良いことだしキャンプをすることにする。湖のほとりのLindensburgキャンプ場に7時に着く。料金100クローネ(11ユーロ)。バイクのカップルが2組来ている。色々と話し掛けられる。オートキャンプがほとんどで、かなりに人が居るが、全く物音が聞こえない。タイのキャンプ場だと、夜中まで騒ぐ奴が居て寝れないで困ったが、流石にキャンプ大国である。静かにするマナーは徹底している。北緯60度の手前まで来ているので、太陽が落ちるのは10時。完全に暮れるのは11時過ぎ。朝は4時には明るくなり、5時前に太陽が上がる。

走行536キロ。




2003-07-29 (Day7)

キャンプ場に連泊しようとも考えるが、3日間走りつづけて1日休むペースをキープする為にキャンプ場を後にする。68号線を北上して海岸に出るつもりだったが、途中で変な方向に行ってしまう。GPSの指示方向が明らかにおかしいので引き返すが、途中にわき道があり、そっちからでも海岸に抜けられそうなのでわき道に入り込む。多少舗装は悪いが問題なし。只、問題は更に分かれ道が沢山あり迷いまくる。結局、68号線に戻るまで1時間程度うろうろしていた。ダートも少しあり、こけそうになったりもしたが面白かった。フル装備でのダート走行はまだ緊張する。ガスを入れていると、スキンヘッドの2メートル近くあるライダーが、「どこから来たの」と話し掛けてくる。彼は、スズキの500ccの後ろに10歳位の娘を乗せてツーリング中。500ccが50cc位に見える。娘共々Rukkaの皮をしっかり身に付けている。「そのバイクじゃあなたには小さすぎるでしょう」と言うと、「僕に取っての最初のバイクだからね。それと、この国は保険がとても高いので、大型バイクになるとこの4倍程度かかるのさ」とのこと。高コスト・高負担の国であることは承知しているが、保険・税金負担は相当の様である。それでも、それで社会の安定が保たれるのであれば皆良しとしているのであろう。それも、これだけ広大な国土と少ない人口があってなせる技ということであろう。


Gavle(ストックホルムから200キロ程度北)で68号線がE-4と合流する。E-4はメイン道路なので状態は良いが交通量が増える。今日は距離を稼ぐつもりで結構飛ばすが、5時過ぎになると結構疲れてくる。予定より300キロ程南のHornosandのFirstHotelに投宿。703クローネ(ガレージは90クローネ)。今日は北緯60度を越える。後10度程度上がれば目的地だ。しかし、ハーレーが多い。ゴールドウイングも結構見かけたが、圧倒的にハーレーである。BMWはちらほらである。


走行520キロ




2003-07-30 (Day8)

今日は、3日走ったあとの休養日。キャンプ用の食料品を買出しする。欲しかったインスタントラーメンが見つかり幸せな気分になっていたら、タイ製の麺も売っていた。ついでにトムヤンの元まであったのですべて買い込む。



街を一日中ぶらついたが、街行く人たちは本当にのんびりしている。横断歩道に人が立つと走っている車はすぐに停まる。高福祉、人間優先が徹底した成熟社会ではあるのだろう。でも、老人の自殺率が世界最高水準なのは、何でも与えられるので達成感が無くなる為かな。バンコクの安宿地域で長期滞在していた北欧人に昔あったが、似たような顔つきの若者がここにも居るなあ。



次のライドでいよいよ欧州最北端だ。

走行0キロ。




2003-07-31 (Day9)

スウエーデンのビールは、一般的なアルコール度数5%程度の物と低アルコール(3.5%、2.8%)がある。前者は酒店で、後者は一般商店で売っている。共に値段は150円位と変わらないが、低アルコールの方が口当たりは良い。



朝6時頃になっても深い靄がかかっている。雨こそ降っていないがかなり寒そう。久しぶりの極寒ライドの恐れあり。朝8時頃になると靄も薄れたので出発。E-4をひたすら北上する。交通量がすくなく結構飛ばせるが、途中珍しく工事中が数箇所あった。90キロと110キロの速度制限標識が交互に現れる。いいペースで走り、予定通り4時過ぎにフィンランドに入る。

昨日、Hornosandで見かけたGS3台が、フィンランドに入った直後にガスを入れていると登場する。1100GSが1台と1150GSが2台(それぞれペアで計6人)。ドイツ辺りからかなとナンバーを見るとイタリアである。話かけてみるが、「英語はわかりませーーん」とのこと。ナンバーを良く見ると、イタリアのIの横にBGと入っている。「これはブルガリアじゃないの」と聞くと、何とか地方との返答で、日本的に言うと練馬ナンバーということのようである。普通どこのナンバーも国名だけで、地方まで入っているのは稀である。わしのGPSに注目が集まる。そのせいか、Nordkappまでの道を聞かれる。こっちだって初めてなのに。ルートは極めて単純なので、「少し行けばE-75にぶつかるので、それを北上すれば良い」と言うと、「わかった」とのこと。「一緒に行こうよ」と言ったのだが通じず、先に出発されてしまった。



フィンランドは、今でもサンタクロースが住んでいると信じられている国である。道路標識の動物注意の表示もトナカイである(この時、後日トナカイ地獄に遭うとは想像もできなかった)。E-75を北上していると、突然小動物が飛び出した。リスかなとよく見ると鳥である。奇妙な格好をしていたが、多分飛べない鳥なのであろう。地図で見ても湖だらけなのだが、実際に走ると次々に水面が現れる。まさに湖の国である。アメリカのミネソタもそうだったがその比ではない。水に中に土地がある感じである。

E-4でフィンランドに入ってからE-75に乗り最後のセクションに入る。道路の行き着く所がNordkappだ。E-75に入ってから80キロ程北のRovaniemiの10km手前にキャンプ場があったのでそこに投宿。キャンプの他にモーテルの部屋もあり、キッチンがついているのでそちらにする(40ユーロ)。キャンプなら10ユーロ。フィンランドの通貨はユーロになっている。



モーテルのキッチンで、豪華な晩飯を作る。但し、昨日買い込んだ食糧に入っているはずのソーセージがなくがっかり。買い物をしてバッグに入れる時に忘れたらしい。仕方なく、貴重品であるツナ缶を開ける。メニューは、人参入りトムヤン風味春雨麺である(実は、ラーメン麺も入れてしまった)。ツナと海老も入り、味付けはコンソメプラス醤油。不思議な組み合わせだがとても美味い。食べ終わって10時半だがまだ外は明るい。北緯67度なのだから当然か。時間が1時間進む。日の出3:55、日の入り22:52。Nordkappまで地図一枚の距離まで近づいた。

走行748キロ




2003-08-01 (Day10)

Rovaniemiの街を抜けると北極圏の入り口とサンタ・パークがある。北極圏の緯度は北緯66.2度。北極圏に足を踏み入れたことによる満足感にひたる。



E-75を上がり続けKaamanenから92号線に入りノルウエーを目指す。いよいよ、ムーミンの国へ入るわけである。ノルウエーに入りE−6を北上すると北緯70度を超える。この辺りになると日没が0:00過ぎとなる。OlderfiordからE-69で最後の107キロで目的地Nordkappを目指す。フィンランドを出る辺りから、トナカイが頻繁に道路上に現れる。時には道路上でのんびりしたり、バイクと帆走したりする。角が大きく結構迫力がある。車が90キロ程度でのんびり走っているのは、トナカイの飛び出しを警戒しているのかもしれない。少なくとも、たちの悪い速度取締りは皆無であるので、、、そういえば、今まで速度取締りを一度も見かけていない。自己責任・判断で運転することを認め、"人民"を大人扱いしている証拠であろう。警官の小遣い稼ぎも当然ないのであろうから、走る側にとっては大変あり難い。



ノルウエーに入ると景色が更に良くなる。あるスウーデン人が、「スウーデンの道は良いけど、景色はノルウエーにかなわない」と言っていたのを実感。森と泉を抜けた後は、北海に面する湾に沿って走る抜群の眺め。北海道の積丹のスケールを100倍にした感じである。でも、スウーデン、ノルウエー共に道路・景色に文句は無い。敢えて言えば、スウーデンの方が道路が良く、ノルウエーの方が景色が良いという程度である。



Nordkappの手前には6.8キロの海底トンネルがある。死ぬほど寒く、地獄のトンネルである(有料で68クローネもする)。更に行くと今度は4キロ少しのトンネルがある。これも寒い。ようやく目的地にたどり着いた訳である。10日間で5349キロ。アメリカ横断より少し長い距離だが、変化に富んでいるためこちらの方が大分長く感じる。3日走行1日休みのセッションを2回やってたどり着かない目的地は今までなかったが、今回は3セッションの2日目までかかった。さて、これから帰り道である。これも長い。






2003-08-02 (Day11)

午前中は、Nordkappに挨拶に行く。入場料が25ユーロもする。同料金で2日間までキャンプができる。但し、シャワー施設は無い様子(洗面台で頭を洗う人がいた)。室蘭の地球岬と似たような雰囲気。思ったほど風は無い。世界7カ国から集まった子供たちの像がある。スペインからK1200LTとR1100RTが来ていた。特にLTは走行6000キロだったので、新車状態でスペインを出発したようである。Nordkappを後にし分岐点に来ると、道端で若い姉ちゃんが水着で寝ている。丁度写真を撮りたかってので停まって景色を撮るついでに姉ちゃんの写真も撮る。ブルガリアで見られる道端の"立ちんぼ"(最初見た時は、何でこんな田舎にケバイ姉ちゃんがいるのかと不思議に思ったが、すぐに理由を察知。訊く所によると、ほとんどがロム(ジプシー)との事である)ではなさそうである。只単に日光浴をしていたようであるが、何も道路上に寝なくても良いのでは、、、



E-6にもどり海岸線に沿って南下する。確かにフィヨルドの海岸線の景色は抜群。次から次へとすごい景色が展開する。特に、内水面の鏡のようになめらか海とまじかに迫る島の組み合わせが水墨画のような調和を醸し出している。標高が海抜に近いのに、小高い丘に雲が掛かっているのは高緯度のなせる技であろう。但し、気温は15度と低い。しかも風が強いので体感温度は10度を下回る。フル装備にグリップヒーターを入れてなんとか凌ぐ。海沿いの小さな街Gildetunのリゾート宿に投宿。120ユーロと街のホテル並。でも部屋からフィヨルドのパノラマが見えて満足。スイスから来ていた観光客も景色に見とれていた。アルプスを見慣れている彼らにしてそうである(まあ、スイスに海はないが)。有名なノルウエー・サーモンを食べない手はないので、晩飯はホテルでサーモンスープとサーモンのクリーム焼きを食べる。ワインを抜いて計451クローネ。チップ込みで500クローネ(70ユーロ、1万円)は結構な値段。ガスが1.3ユーロ(170円)、缶コーラが17クローネ(2.3ユーロ、300円)もするので、今までの中で文句無く物価高の一等賞だ。



ノルウエーは、数少ない国際捕鯨委員会で日本と一緒に捕鯨賛成にまわる国である。昔、海洋法を勉強した時、良くノルウエーの名前がでてきたが、ようやくその国を訪れることができた訳である。23時になると太陽が島肌に沈みそうになるのでずっと見ていたが、0:30になっても沈まないので、待ちきれずに寝てしまった。タイで日没を見ていると、なだらかに日が沈むのだが、最後の太陽が水平線に隠れる時間はほんの一瞬である。ここでは、その一瞬が延々と続く。



フィンランド、ノルウエーと、道路沿いでローラースケートを履いてスキーストックを持って滑っている人を良く見かける。今から冬のスキーの練習であろうか。なかには、スキーストックを持ってジョギングしている人もいる。冬のオリンピックで、ノルデック競技が北欧勢に圧倒されるのもこの辺りに起因しているのかもしれない。

走行418キロ。




2003-08-03 (Day12)

ノルウエーの海岸は常に雲がかかっていることが多いようである。のんびりと準備して出発の11時近くになると太陽が顔を出す。天気が良くなるだけで嬉しくなるのはライダーの特権である。大体、雨晴れに一喜一憂することは車ではあり得ないが、ライダーは常にそうなのである。十分に睡眠を取った為か、昨日悩まされた睡魔は襲ってこない。気温は20度程度と低いが、フル装備をするば丁度良い感じ。引き続きE-6を南下する。



E-6はNordkappの入り口から延々3000キロ近く首都のオスロまで続くメイン道路で、極めて起伏に飛んだ道である。今日も最初の200キロ程度は海岸沿いのフィヨルドを満喫し、E-10とぶつかる地点あたりから内陸に入り、今度は丘陵地帯・浅い森を抜ける。このルートは、ワインデイングがひたすら続くので、速度を適当に抑える必要があるので、時間的に相当楽しめる。しかも、3000キロもあるのだ。森に入ると、木の陰で動いている物が見える。ついにムーミンの登場かと興奮するが、羊であった。只、この羊近づいてみると、ムーミンのような顔をしており、心なしか微笑んだようにも見えた。その後も何回か羊の群れを見かける。



楽しめるのは良いのだが、今日辛かったのは気温の低さ。時折太陽が出るのだが、それでも気温は18度程度。内陸に入ると雨混じりとなり更に気温が下がり15度程度。風が弱いので幸いだが、それでも相当寒い。キャンプ用に持ってきたフード付のフリースを着込む。フードが頭に被り、その上からヘルメットを被る。これで上半身はなんとかなったが、次は下半身が寒くなる。既にダクロンウールのパッチを穿いているので、これ以上となるとウィンドストッパーパンツを更に穿くしかない。但しそれをするとかなりかさばるので動きを阻害する恐れがある為、穿くことをやめる。しかし、15度程度でこうなのだから、春秋走る場合は、相当のヘビージャケット・パンツの組み合わせが必要ということになる。BMWのシアトルスーツかストリートガードあたりが必要なのだろう。



雨が強くなり視界の確保が困難になり、スピードを80程度に抑えて走る。Narvikに入った時に更に強くなり、めげてホテル泊。NarvikHotel(750クローネ、100ユーロ)はこぎれいであるが、ホテルは高いなあ。やはり距離を稼ぐためには、早朝出発が基本である。往路は連泊日を2日入れたが、復路は連泊無しの連続走行とする。その為、一日の走行が少なくても予定通りソフィアに帰れる予定である。この後引き続き海岸線を走るか、いっそのこと内陸に逃げるかの選択が必要である。海岸線は街も多いので、距離がどうしても稼げない。しかし、連日の寒さにはまいるなあ。

走行397キロ。




2003-08-04 (Day13)

TVの天気予報は、海岸線は曇り時々雨、最高気温は16度と報じている。寒さに疲れたので内陸に逃げることにする。E-6を15キロ程度北に戻りE-10に乗り内陸に向かう。30キロほどでスエーデンに入る。晴れ間が増えてくるが気温は上がらない。18度前後と走行中は相変わらずフル装備状態。更に走ると雲が厚くなり雨が降り始める。初めはパラパラだったが、そのうち本降りになる。合羽を着ようともしたが、ゴアテックスのインナーの防水性を試すためにそのまま走り続ける。2時間程度雨に晒された結果は、下半身がすこし染みてきたが上半身はOKである。これなら合羽をもつ必要はないかもしれないな。雨の間は気温が10度近くまで下がり極寒状態。メーターパネルに付けている温度計は通常エンジン熱の為気温より10度程度高い数字になるのだが、それでも20度以下を示している。ハンドルバーに取り付けているデジタル時計の温度計は12度を示していた。まるでエレファント・ライドである。



E-10と45号線が交差するGallivareでガスを入れ雨宿りをしていると、南から上がってきたフィンランド人のカップルに会う。45号線は凸凹はあるけと眺めは良いとのことである。「ノルウエーの物価は高いよ」と言うので、「缶コーラが2.5ユーロもするのでびっくりした」と私。フィンランドは、今回2日間しか居なかったので、次回はもっと走りたいものである。45号線に乗ると天気が回復してくる。しかし、気温は上がらない。日が差してくると幾分ましになるが、それでも17度程度である。休憩していると、一度すれ違ったBMWのR75のおじさんが引き返してくる。「なにかトラブルか」と言うので、「休んでいるだけですよ」と言うと、何だかんだ話し掛けてくる。古いバイクなので色々問題があるとのことであるが、心底楽しんでいる様子であった。腰に(多分地図を見るための)マグライトをぶら下げていたので夜も走るのかな。10時を過ぎても明るいのだが、、、今日は、何とか距離を伸ばした。Stourmanの観光案内所を兼ねているLuspenHotelに投宿(55ユーロ)。目の前に中華がありそこで夕食。



走行742キロ。




2003-08-05 (Day14)

しかし、ツーリングをする為のソフトウエアが本当に充実している。その筆頭は道路であるが、高速道路、一般道路を問わずライダーの利用を考えられている。休憩所、停車帯は頻繁にあるし、気の利いた休憩所ならキャンプもできる(実際にしている人を良く見かけた)。長期旅行でコストを下げたいなら、治安の良さのおかげで十分に野宿も可能な国々である。交通法規、マナー等も良い。何より、バイクで旅をするということが社会的に認知され、老若男女問わずそれを楽しんでいることが素晴らしい。ハードウエアであるバイクがいくら良くても、それらのソフトが駄目であればツーリングは快適にならない。その点、北欧は最も快適にツーリングできる国々であるかもしれない(物価高が問題だが)。



出発前にバイクの確認をしていると、同じ宿に泊まっていたVTRのおじさんが話しかけてくる。今日も朝の気温が12度と寒いので、「寒いので辛いね」と言うと、「とんでもない、この位が丁度良い。気温が20度を超えるととても走る気になれない」との返事。こちらとしては、20度を下回ると走りたくなくなるのだが、皮膚の耐寒性に10度以上の差があるようである。ゴアテックスのジャケットを着ていたが、その下はどう見ても私より薄着。

45号線をひたすら南下する。主要国道ではあるが交通量が少なく走りやすい。最初は気温こそ低いが良い天気だったのだが、午後から雷雨となる。連日の雨天走行である。雨がやむと今度はすごい風。今日は、下半身にゴアウインドストッパーを履いて、すべての装備を見に付けての走行となる。下半身は快適になったが、今度は上半身がスースーする。今まで着ることがなかった、ゴアテックスの合羽(上着)を着る。寒さ凌ぎに効果があるかと試しに着てみたゴアテックスの合羽が思いのほか効果大であった。薄いものであるが風を完全に遮断する効果が高いのであろう。ついでに、合羽の下も身に付け、これで持っているものすべてとなる。これで15度程度の走行なら大丈夫なことが分かった。



南部の主要都市Moraのアメリカ式のホテル泊(65ユーロ)。ホテルに併設されていたレストランでカントリーソングを歌っていた歌手はタイ人。プーケットから1.5ヶ月の予定で来ているとのこと。でも、なんでこんな田舎町にいるのだろうか。タイでの携帯電話の番号をくれる。バイクを見せてくれと言うので見せると、「こんなバイク見たこと無い」と驚いていた。「寒い寒い」と言っていた。そりゃそうだろう。ここの最高気温がタイの最低気温より遥かに低いのだから。

ここまで、6日間の連続走行である。途中どこかで連泊を入れたいが日程的にかなりきつい。今日も行ける所まで行くしかない。幸い天気は良い(気温は相変わらず低いが)。

走行645キロ。




2003-08-06 (Day15)

雲ひとつ無い快晴。気温も20度を超えてようやく夏に戻った。日の出が4時半、日没が9時半をこちらもまともな生活ができる時間となる。いつまでも明るいとやはり調子が狂う。



45号線を引き続き南下する。適度なワインデイングがあり快適。工事中が何箇所かある。車の流れが90キロ程度と遅いので追い越し続けることになる。時折120キロ程度で飛ばしている車があると、先に行かせて追いかけることにする。これは、アメリカでよくやった速度取締りの対抗策。もし、先の車が捕まってもこちらは大丈夫なことが多い。130キロ程で走るBMWを先に生かせ100キロ程度後につく。分かれる時に流石に嫌な顔をしていた(ミラー越しにそういう仕草をした)。Goteborgまでの450キロを一気に走る。午後からは完全な夏になり、防寒肌着を脱ぐ。ゴアのインナーだけはそのままにする。手袋は夏用に変える。



明日からのアウトバーン走行に備えて、スクリーンの高さを変えてみる。今までは3段階に調整できる高さの一番低い位置だったが、一番高くするとスクリーンの上部が視界に入る。中段にすると視界には入らないが、ちょっとしっくりこない。試しに2段階に調整できるシートをあげてみることにする。BMWのシート高調整ができるモデルは、すべて高い位置をベストとしていることは他のモデル(K1200LT、K1200RS、R1100RT)の一番高い位置が最も快適姿勢になることで証明されているが、GSだけは低い位置でも爪先立ちに近い状態なので、今まで高い位置は試したことがなかった。今回試してみると、まさに目から鱗。視界は良くなり、膝の曲がり具合も緩やかになり、快適度が更に増した。しかしこれだけ高くなるとまるで竹馬に乗っているようである。それでもバランスが抜群なのは流石としか言い様がない。



Goteborgからデンマークにフェリーがあるのだが、場所を探すのが面倒なのとフェリーに乗っている時間が3時間以上あるとのことなので来た道と同じルートを取ることにする(スピードボートだと1時間程度とも聞いているが、バイクは駄目とのこと)。Helsingburgから対岸に短いフェリーがあったがこれも素通りする。GoteborgからMalmoまでの約300キロは高速道路。140キロ程度で流し、18:30にMalmoの少し手前のヒルトン系沿道ホテル(Scandic)に投宿(850クローネ、約100ユーロ)。部屋が広く快適。近くのスーパーでビールと葱を買う。キャンプ用の食料が余っているので、部屋で料理をすることにする。

走行752キロ。



2003-08-07 (Day16)

スウエーデンからデンマークへ橋を渡り逆に入る。往路はもうひとつの大型橋を経由したのだが、復路はフェリーでドイツに戻ることにする。E-47号線上のフェリーが一番頻繁で時間も短そうである。フェリー乗り場はシステムがしっかりしており最初に料金(27ユーロ)を払うとそのまま乗り込めるようになっている。車は結構並んでいたがバイクはスムーズ。丁度出発間際だったので待ち時間無しで乗れた。11時に乗って12時にはドイツ側に着いた。ドイツ側ではフェリーに乗る渋滞が起きていた。



A-1とA-7を乗り継ぎアウトバーン走行。風が結構きついので、スクリーンを一番高い状態にするが、速度は140度程度を維持。この速度だと追い抜かれまくる。行ける所まで行くつもりだったが、フランクフルトから100キロ程北東の小さな街Fuldaに泊まることにする(Hotel Kurfurst 75ユーロ)。落ち着いた良いホテルである。アウトバーンを使うと流石に距離を稼げる。

走行814キロ。




2003-08-08 (Day17)

多少時間的余裕ができたので久しぶりに連泊しようと考えたが、フロントでTouratechの場所を尋ねたらInternetで検索してくれ詳細な地図もプリントしてくれたので、せっかくなのでラリー・コンストランクターとして有名な同社を尋ねることにする。Stuttgartの100キロ程南にあるRottweiでA-81を降り地方道に入り20キロほど走るとようやくNiedereschachにたどり着く。小さな街なのでヨーロッパ全土をカバーする地図には載っていない。街の人にTouratechの場所を尋ねようやくたどり着く。



GPSホルダー、ライトガード、オイルクーラーガード、フロントスタビライザーを購入。タンクバックも使いやすそうだったが、取りあえず現状で良しとして買わなかった。クロアチア経由の路の状況を尋ねると、「アフリカ方面なら詳しいけどそっちはわからないなあ」との返事。東欧に行くライダーは少ないのかな。


今日は完全な灼熱状態だった。気温が40度近くまで上がり、メーターに取り付けた温度計は、50度を完全に振り切っていた。これだけ気温が高いにもかかわらずあまり汗をかかないのは湿度が低い為である。ツーリングには最適条件だなあ。後はソフィアまでの帰り道である。ブルガリアのステッカーを見つけたので、トップケースの後ろに貼り付ける。これで得たいの知れないXXナンバーがどこから来たのか分かり易くなる。

走行456キロ。




2003-08-09 (Day18)

最初は山並みの一般道をのんびり走りたかったが、今日はハンガリーに入りユーゴ国境近辺まで行きたいので、その予定走行距離約1000キロを考えると最初からアウトバーンに乗ることにする。ミュンヘンまでは、事故車と故障車の為頻繁に渋滞する。突然速度が落ちるのでうっかりすると突っ込みそうになる。一度は止まれないと判断し、隣の車線に逃げた(後続車が来ていなくて助かった)。高速からの急減速が要求されるとなると、最新のサーボ・アシスト付のブレーキが有効かもしれない。少なくともABSは必須である。



ミュンヘンからザルツブルグまでは流れが良くなる。工事区間があったが、約160キロを1時間少々で走りきる。ザルツブルグからウィーンまでは、オーストリアの山間部を西から東へ抜ける快適ルート。ドイツに比べ速度が遅いなと感じたが、少しすると流れが速くなる。風弱く舗装状態も良いので、巡航速度を160キロに上げ距離を稼ぐ。約300キロを2時間少々で走りハンガリーに入る。

ハンガリーに入れば時間が1時間儲かると踏んでいたので、更に300キロ程度行けると考えていたのだが、実は時間は1時間損する勘違いだった。ブダペストの80キロ手前で9時近くになり日暮れが近づく。道路沿いのホテル(Laczhazy Hotel)に投宿。宿代は38ユーロ。食事は結構頼んだが13ユーロと格安。やはり旧東側に入ると物価が下がる。



予定の1000キロには少し足りなかった。今日は、オドメーターの走行距離が2万マイルを越える。タイからブルガリアに送った時の距離が12000マイルだったので、わずか1ヶ月で8000マイル走ったことになる。BMWの推奨するオイル交換6000マイルを少し超えているが、連続走行なので問題ないであろう。左眼の疲労が限界なのか、涙目が止まらない。後一日もつことを祈るのみ。今日で、今回のツーリングの走行距離も1万キロを越えた。

走行901キロ。




2003-08-10 (Day19) Last Day

GPSホルダーを取り付ける。位置が高くなり大分見やすくなった。ソフィアまでの距離が800キロ少々あるので早々に出発することにする。幸い天気は良い。



まず、ブダペストまでの100キロ弱をのんびり走り、M-0でユーゴ国境へ。国境の100キロ手前位までは高速道路(10ユーロ)。その先は一般道だが道は良い。ユーゴに入りベオグラードを目指す。一般道路だが、2回の料金所(6ユーロ)。この区間は取り締まり警官がやたらと多い。5箇所でやっていた。対向車が親切にパッシングで知られてくれるので助かる。ベオグラードからNisまでの200キロ強は高速道路(16ユーロ)。160−180キロで飛ばし時間を稼ぐ。Nisまで来るとSofiaの看板が出る。ブルガリア国境では西欧からの車が沢山居た。日暮れ直前に定宿のRodiaHotel着。すべて予定通り。図らずも、GSのタフぶりを証明したツーリングとなった。しかし、後半11日間走りどおりだったのでしんどかった。特に目が駄目になったのがきつかった。総走行距離は、アメリカ大陸往復を少し上回る程度だったが、感覚的には大分長く感じた。景色が変化するのと、北欧での走行速度の低さの為であろう。



走行896キロ。総走行11370キロ。一日平均598キロ。総費用約2700ユーロ。



ツーリング後記:

後半から痛かった目がツーリング終了後も良くならず医者に診てもらったところ、なんと、角膜に虫の足の破片が刺さっていた。道理で自然に治らない訳である。刺さっていた場所が角膜の隅だったので大事には至らなかったが、数限りなく犠牲にした虫の怨念かもしれない。フルフェイスを被りその上にサングラスをしていたのだが、それでも目に埃等がどうしても入る。次は、モトクロスヘルにゴーグルしかないかな。



HP製作 Tigerhands