ヒロシのモーターサイの旅 2001〜2 オーストラリア編
2002年1月5日(Day15)
シドニーまで1000キロ弱で、しかもほとんどフリーウエイなので楽勝と考え、8時にのんびり出発。M-1からM-80でメルボルンを迂回し、M-31に乗りひたすらシドニーへ。途中フリーウエイが切れたり、工事中があったりで思った以上に時間がかかる。結局、シドニーの200キロ位手前で到着予定の5時になってしまい、店に電話して到着が7時になることを告げる。最後に店の周りで迷ったが、7時20分に無事到着。近くのモーテルに宿を取り、明日の便でタイに戻る。
本日の走行986キロ。全走行距離8797キロ。一日平均586キロ。
最も印象に残ったのは、やはりひたすら何もないアウトバックの道路独占状態走行。冬場は気温が下がって走りやすいかもしれない。総じて、この大陸は、BMWでひたすら走るにはかなり適している。アメリカ本土と同じくらいの広さに人口は十分の一以下なのだから、当然と言えば当然。宿泊施設の充実度と価格、人々の対応もフレンドリー。遊びに来るには最高の国である。人々も遊ぶことに気合が入っている感じである。町の命名もふざけたものが多く、それが通っている所がすごい。今度は、東西大陸横断かな。
さあ、次のツーリングは5月のアメリカだ。8月は東欧にも行く予定。
総経費:6473ドル(すべてAU$):ざっと40万円
バイクレンタル:2630ドル(保険・税金、超過マイル代500ドル込み)
航空券(バンコクーシドニー エコノミイ・クラス):1100ドル
宿代:1604ドル
食費:592ドル
ガス代:428ドル
雑費:119ドル
燃費: 平均20kpl
2002年1月4日(Day14)
昨晩は、Wild Turkey&Colaの缶を飲んだ為か、朝起きると気分が悪い。チェックアウトぎりぎりの10時まで休み出発。Applo Bayを経てLorneまではワインディングが続く。海岸と森が交互に出現する不思議な地形。Maits Restでしばしの森林散策。完全な熱帯雨林で、海岸線に存在していることに驚き。Applo BayかLorneに宿を取って森林歩きと考えたが、両市共に観光名所の為か、2時前だというのに軒並み満室。しかたなくその先のTorquayで宿探しをするが、ここもダメ。面倒くさくなり、Melbourneのすぐ南のGeelongまで走りようやく宿にありつく。海に見える部屋で、まあ満足(92ドル)。
今日は久しぶりのワインディングを楽しめた。特に森を抜けるルートは気分が良かった(でも、気温はかなり低め)。今日の走行230キロ。さあ、いよいよ明日で最後だ。
2002年1月3日(Day13)
朝起きると、首と胸が痛い。首は風に向かってヘルメットを立てた為で、胸は風が直接当った為であろう。いかに2日間の風との戦いが熾烈であったかの証拠である。
Great Ocean Roadの観光ポイントをゆっくり回る為に、中心となるPort CambellのSouthern Ocean Motor Innに13:00にチェックイン。この時間でもぎりぎりであった(ほとんど予約で埋まっている。126ドルは高いが場所柄仕方がない)。
12人の使途を中心に名所を巡る。結構見ごたえがある。まるで、ユタ州の珍岩奇岩が海から突き出た様な景観である。この様な岩ができるということは、風と波に依る風化なので、連日風が吹き荒れるのも仕方がないこととしよう。今日は結構バイクと会った。ハーレーで来てい父子に、「シドニーまで一日で行ける」と訪ねると、「ここからシドニーまで一日じゃ無理だよ。2日かけるべきだね。フェリーに乗る手もあるよ」とのアドバイス。メルボルンからNinja600で来ていたカップルには、「メルボルンからシドニーまでのフリーウエイは、ポリスチェックに十分注意するように。110キロを超えるとすぐに捕まる」との有難いアドバイス。「アウトバックでは、連日1000キロ以上走っていたよ」というと、「ふーん、すごいね」との反応。
今日は観光に徹して、走行は99キロだけ。明日も同様の予定。
2002年1月2日(Day12)
そういえば、最近Adelaide近郊で若い邦人女性が殺害されたとのニュースを報じていたのを思い出した。一見極めて平和そうな町であるが、よほど運が悪かったのであろう。
連日の風との戦い。Adelaideから70キロ程続くフリーウエイ上はそうでもなかったが、Route1の海岸線に入るとものすごい風になりおまけに雨も混じる。まるで台風である。避難しようにもどうにもならず、速度を押さえて走り続ける。雨はしばらくすると上がるが風は350キロ程先のMillicentまで続く。これほどの風は、アメリカでも経験していない。いつかは走るつもりである風の大地パタゴニアをイメージして走る。気温も12度まで下がり、グラブも冬用に変え、グリップヒーターを最大にする。ついこの間までは、パリ・ダカをイメージして、灼熱のアウトバックを走っていたのとえらい違いである(そういえば、今パリ・ダカのニュースをやっている。何時かは走って見たいものである)。この気候の変化を楽しめるのもバイクの醍醐味である。バイクを乗らない人間にとっては、変態としか映らないであろう。Millicenからは、道路沿いの防風林のおかげで楽になる。それもしばらくすると切れて、又風に向かうことになる。Mount Gambierまでしんどい思いをするが、その後はいくらか楽になる。
目的地のGreat Ocean Roadに西の入り口であるWarrnamboolにつく頃は又雨になる。モーテルを当るが、軒並み満室。4件目でようやく部屋にありつく(97ドル)。ここも、買い物をして帰ってきた時は満室になっていた。
今日は、今回のツーリング通じて初めてチョンボをしてしまった。寒さで注意力が低下していた為か、バックの蓋のチャックを閉めないでしばらく走ってしまった。その為、春秋用のグラブとタオル2枚が飛んでしまった。春秋用のグラブの替えはあるが、替えのない冬用グラブをしていて飛ばなかったのが不幸中の幸いであった。やはり、使い慣れないギアは常に注意が必要である。
本日の走行668キロで、第3ステージ計は2409キロ。総計7482キロ。
しかし、一日1000キロを超える走行を計画し、すべて予定通りに目的地に着いてしまうのは結構すごいことである。バイクの性能によって行動範囲はある程度決まってしまうが、BMW B1150GSはその範囲が最も広いバイクであることを実感している。ダート走行はほとんどしていないが、休憩エリアが未舗装のことが多く、そんな場合でもK1200LT等の重量級バイクだとちょっと緊張するが、軽快なGSなら楽勝である。道を間違えてUターンをしなければならない時も同様である。全くこいつはすごいバイクである。昨日、途中であったカップルが同じGSに乗って、自宅のあるDarwinとAdelaideを往復していた。GSのコメントをしてもらうと、「どこでも行けるし、いつまで走っていても疲れない」とのことであった。同感。これだけ走って、しかもきつい状況下でも、バイクを降りたら普通の行動ができる。翌日身体が痛いこともない。日本製の大型バイクだと(ゴールドウイングは別)、手が痺れていたり背中が痛くなるはずなのであるが、、、
今のニュースで、シドニー郊外で大規模な山火事が発生しているようである。
2002年1月1日(Day11)
朝方の外気温が19度と結構低い。南下するにつれて気温が下がっている。ゴアテックスのインナーを、パンツとジャケットに装着する。それでも寒く、上にはフリースを加える。2−3日前とは大違いである。
今日は、風との戦いであった。朝方だけはそうでもなかったが、しばらくするとものすごい風が吹き荒れ、バイクを押さえるのに大変だった。風が治まるのを今か今かと待っていたが、結局ここAdelaideまで強風に悩まされた。これだけきつい風に遭ったのは、アメリカでの砂漠地帯以来である。
Coober PadyからPort Augustaまでは、アウトバックの様相だが、その後はガラッと変わる。Port Augustaでガスを入れると、今までのリッター当り1ドル以上から85セントの通常料金に戻る。Port Augusta以南は、都市間の距離も短くなり、行き交う車の台数が増える。人の世界に返ってきたようで、なんとなくほっとする。
今日は、風に悩まされたにもかかわらず、やたらと眠くなった。タイミング良く、この州の運転警告文句が、"Drowsy Drives Die"。ちなみにNSWでは、"Survive This Drive"、Queens Landsでは、"Stop, Revive and Survive"。
Adelaideの東にあるMurray Bridgeまで行くつもりだったが、雨になったのと気温が15度近くまで下がってきたので、Adelaideのモーテルに投宿。宿は、ホリデイ料金でも119ドルと割高だが、高級感があり満足。レストランも美味かった。でも、食べすぎだな。
走行882キロ。
2001年12月31日(Day10)
エアーズロックのリゾート・ホテルは、空調が自動になっており、室温が22度位と寒すぎる感じだが、湿度が外気に比べかなり高く(70%)、快適である。この気温設定は白人好みだな。洗濯物は室内では乾かず、外に出すとすぐ乾く(気温33度で湿度35%位)。
今日から第3ステージであるGreat Ocean Roadまでを3日間で走る。南に下るに連れて気温が下がりそうである。昨日のロックに登った筋肉痛が心配だったが、それほどでもなかった。やはり、ツーリング中は良く身体を動かしているからかな。朝の散歩をした後、7時過ぎに出発。
Lasseter Highwayを戻ってStuart HighwayにぶつかるEridundaから100キロ程南下すると、Northern Territory州とSouth Australia州との州境を超える。これで、4つ目の州に入ったことになる。この辺りから、幾分緑が増え気温も上がる(30度前後で湿度が低いのでとても過ごし易い)。
順調に走りCoober PedyのOpal Innに投宿。この町は、オパールで有名だそうである。町の手前に採掘しているリグが動いていた。気温が下がり走り易いのは有難かったが、風が強く久しぶりに砂漠での強風を体験した。宿のそばにタイレストランを見つけ、今日はタイ飯と喜んだのもつかの間、フロントによるとオーナーが病気に閉店中とのこと。流石、いい加減なタイ人。仕方がないので、中華をテイクアウトする。又、腹がタプタプになりそうである。
走行859キロ。
2001年12月30日(Day9)
早朝のエアーズロックに登る。最初の坂がきつかったが、1時間程で頂上に着く。頂上は海抜850メートルで、登り始めとの高度差は約300メートル。風がすごく強かったが、眺めがよく気分は最高。
夕日を観に行くと、昨日エアーズロックに来る途中で会った若者グループと再会(記念撮影)。彼らは、やはりシドニーからだが、丁度逆回りでここまで辿り着いたとのこと。南部は天気が悪く気温も低いそうである。気候の変化を楽しめそうである。
走行0キロ。
2001年12月29日(Day8)
モーテルの隣の部屋にK1200LTが来ていたので、オウナーに会いたかったが、朝5時半に表に出てみると既に出発した後だった。気合が入っているなあ。モーテルの近くを散歩していると、カンガルーが飛んでいるのが見えた。ようやくカンガルーに御目にかかった。モーテル内の庭にも怪我をしたカンガルーを放し飼いにしていた。
Stuart Highwayを南下する。Alice Springsを過ぎて200キロするとLasseter Highwayに入りエアーズ・ロックへ。のんびり走って5時前に着く。予約していたOutback Pioneer Hotelで、「無料でバジェットの部屋からスタンダードへ無料でグレードアップ」と言われる。但し、宿はDesert Garden Hotelになる。こちらの方がプールが大きいのでラッキー。しかし、予約はスタンダードでしたはずなのにバジェットになっていたようである。料金が倍以上違うのでこちらもラッキー。明日は、夜明け前に岩登りに出かけるので早々に寝る。
今日の走行671キロ。今日までの3日間で第2ステージ(2878キロ)終了である。ここまでの総走行5073キロ。結構いいペースである。
2001年12月28日(Day7)
西に伸びるハイウエイは、Mount IsaからはRoute66となる。西に200キロ程行くとCamoonwealに辿り着くが、そこを過ぎるとクイーンズランドを離れてアウトバックの中心地であるノーザンテリトリイに入る。州境を過ぎると「速度無制限」の看板。全開走行と考えるが、そのすぐ先に「この先275キロガス無し」の警告。満タンにしたばかりなので、通常走行であれば400キロは確実なので、275キロなら結構飛ばしても大丈夫だろうと考えるが、万一に備えて140キロに押さえて走る。道路状況は、舗装が良く良好。交通量は相変わらず皆無状態。久すら走り続け、大陸を南北に縦断するRoute87(Stuart Highway)にぶつかる。ここまでの東西回廊は、基本的には半砂漠地帯を縫っているのだが、その交通量の少なさが驚異的。アメリカの地方道路も少なかったが、その比ではない。これだけ長い距離を「道路独り占め」状態で走れるのはここだけではないだろうか。最も、サハラ辺りだともっとすごいのであろうが、、、
たまに「Road Train」というトラックを見かけるが、これは連結車両で、長いのになると5連結もしている。長さは50メートルを超える位あり、追い越す時は大変。すれ違うときも、風圧がすごい。
Stuart Highway に乗ると、気持ち交通量が増えるが、絶対量の少なさは相変わらず。アウトバックの最大の町であるAlice Springsまで行けるかどうかであったが、その手前200キロ程のTi Treeのモーテル泊とする。モーテル・キャンプ場が一緒になっており、ガス・レストラン・バーも全部一緒になっている。店にはアボリジアニの顔が目立つ。この辺りが、彼らの土地であったのだから当然であろう。2日続けて1000キロ以上走ったので、明日は700キロ程度でエアーズ・ロックまでたどり着けることになる。
走行1020キロ。
2001年12月27日(Day6)
3日間でエアーズ・ロックまでの約3000キロを走ることになるので、初日に少しでも稼いでおこうと朝5時に出発。しばらくBruce Highwayを北上し、Townsvilleの手前を左に折れRoute78(Flinder Highway)への近道を採る。30キロ程行くとFlinder Highwayにぶつかる。今までの海岸線と違いこれからどんどん内陸に入って行く雰囲気満点。心なしか回りの景色が早砂漠の様相。速度制限は100−110キロだが、交通量が極めて少ない。幾らでも出せる感じだが、押さえて120−130キロを維持する。海岸線では、特に南の方ではバイクに沢山会ったが、Route78に入ると極端に減る。今日すれ違ったバイクは、内陸に入ってすぐのハーレーのフルドレスだけだった。真夏のアウトバックに乗り込んでくる酔狂なライダーはそう多くはないのであろう。
Charters Towersを過ぎHunghendenに向かう頃になるとステップ気候の雰囲気になり、だんだん緑が減り茶褐色が支配する世界になる。この頃から、気温がぐんぐん上がりバックの中の温度計は41度。でも、湿度が21%とかなり低いのでそれほどきつくない。ネバダ砂漠を走った時と感じが似ている。暑さの程度としては、タイでの一番暑い時と良い勝負である。
Hunghendenを過ぎると、何故か又緑が復活してくる。砂漠風景よりほっとするが、この風景の変化は不思議な気がする。Cloncurryまで走ると走行は1000キロを超えた。Cloncurryまでは、所によっては、路肩がなかったり走りにくい箇所もあったが、Cloncurryから目的地であるMount Isaまでの約126キロは、良い道路。追い越し車線もある。ただ、先行車も後続車も居ないので、追い越し車線の必要が無い。試しにこの区間で、対向車を数えてみたら僅かに8台であった(勿論、先行車と後続車はゼロ)。まさに道路独り占めである。しかし、久しぶりの灼熱ライドであった。特に、最後の2時間は西陽がまともにあたり、顔がひりひりした。
全く車が来ない状態、しかもこの「熱さ」。万一バイクがオーバーヒートでもしたらどうしようかとも考えたが、それは全くの危惧であった。タイのライドでBMWのボクサーの暑さに対する強さは実感しているのだが、不安がなかった訳ではない。何しろ、道端には白骨化したカンガルーの死体が散乱しているのだから、、、
今日は、鳥を轢いてしまった。車に轢かれた餌を食べていたので、速度を落とし避けた所に飛び込んで来た。烏に似た鳥だった。間抜けな奴だ。今まで、鳥は、200キロ超えで飛んでいた時にぶつかった事はあるが、80キロで鳥をはねるとは思いもよらなかった。
Mount Isaに着いたのが、日暮れぎりぎりの7時半。今日一日で西に900キロ程移動したので、日の出・日の入りの時間が40分遅くなった。距離を稼ぐ時は、西に移動する方が都合が良い。Mount Isa、炭鉱の町である。大きな煙突から煙がもくもくと出ている。町を歩くと、アボリジアニの人達を多く見かける。バーを覗いたらアボリジアニのおばちゃんが「金を恵んでくれ」と近寄ってきた。彼らの生活が楽ではないことが容易に見て取れる。
結構走って、1187キロ(GPSでは1134キロなので、こちらが実測)。このあたりが一般道で陽のあるうちに走れる限界だな。
2001年12月26日(Day5)
昨晩は8時前に寝てしまったので、2時過ぎに目覚めてしまう。なんとかベットにしがみつきもう少し寝ようともがくが眠れず、3時前に活動を開始する。体操をしたり朝食の準備をしていると4時半で外が薄明るくなる。GPSによると当地での日の出は5時24分である。日の入りは6時45分であるが、朝が早いパターンは助かる。
昨日電話で近くの島へのクルーズを予約したので、迎えのバスが8時に来る。クルーズに利用したのは、Mantary Cruise。70ドルで一日遊べる一般的はクルーズである。最近はヨットに乗っていないので、洋上に出るのは久しぶり。やっぱり、海は良いなあ。
最初は、白砂のビーチでのんびり。次は、珊瑚礁の海でシュノーケルかダイヴィング。お客さんは全部で40人位で、アジア人はわしだけだった。目的地まで2時間近くかかるので、船酔いで死んでいる人もいた(写真参照)。若いお姉ちゃんも結構参加しており、連日の眼の保養。珊瑚礁の海でのシュノーケルは、流石グレート・バリア・リーフという感じ。まるで水族館そのものである。色とりどりの珊瑚礁が真近に迫り、それを取り巻くようにこれまた多種多様の魚が群れている。シュノーケルでこれだけすごいのだから、ダイブしたらどれほどなのだろうか? 初心者向けの体験ダイブをやっていたが、事前に申し込んだ人の分しか用意していないとのことでやれなかった。しかし、考えてみれば、タイでPADIか何かの資格を取って、ちゃんと練習してこちらに来るのが正解だろう。パタヤでも取れるので、暇を見つけて取ることにしよう。でも、今日一日海で遊んだが、結構疲れた。それなりに身体を鍛えているつもりだが、年齢と共に体力は確実に落ちていると痛感。これは、海で泳いでみると良くわかる。
さて、第一ステージの保養は終わった。明日から第二ステージのエアーズ・ロックまでのライドだ。
走行0キロ。
余談:今日は海で遊んだが、参加していたファランにぎぼさんそっくりな人がいた。写真番号289(上左側)の船上でサングラスのお姉ちゃんの手前に写っている人だが、身長、腹の出具合、毛深さ等余りに似ていて思わず笑ってしまった。違うのは目の色位。浜辺での写真はこの「ぎぼさん」に取ってもらった。
2001年12月25日(Day4)
今日はクリスマスらしい。町の店がほとんどしまっている。なんと、あのマクドナルドまで年に一度の休日である。海を見ながらビールを飲みたかったのだが、酒屋が皆閉まっており買えない。唯一空いていたバーで買おうとすると、「今日はクリスマスなので、食事をする人にしかアルコールは売れない」との返事。あんな馬の餌みたいな料理はとても食べる気にならない。何の為にキッチン付きの宿を確保し、野菜をしこたま仕入れたのかわからなくなる。ホテルのバーもトライしてみるが、同じ返事。しかも、「これは法律で決まっている」とのこと。タイでの、選挙日酒類販売禁止と同レベルの馬鹿げた法律である。仕方がないので普段エンプテイ・カロリー「食品」として忌み嫌っている炭酸飲料を買ってい、海を見ながら飲んでいる。冴えないなあ。日本の元旦もそうだが、皆でいっせいに休むという日は、昔から大嫌いである。休みは自分で勝手に取るもので、強制されるものではないべきである。まあ、この法律は「クリスマスくらいは家族で食事をしなさい」という主旨と解釈することにしよう。それでも、やはり独り者にはいい迷惑であることにかわりはない。
洗濯機で選択を試みるが、使い方が判らず結局手洗いになる。やはり文明の利器は自分には使いこなせないようである。野菜炒めの朝食のを摂った後、町にある海を模した人工のプールに行く。ここの海岸は波が強く泳ぎには適さないようで、このような人工浜を作ったのだろう。若いお姉ちゃんが沢山いて目の保養になる。トップレスは結構いたが、流石にボトムレスは見かけなかった。
走行0キロ。タイヤの空気圧をチェックするが全く減っていない。
2001年12月24日(Day3)
今日は、当面の目的地であるAirlie Beachを目指す。クリスマス・シーズンで宿が混んでいそうなので、目的地に早めに着く為早朝出発(6時)。3時半に起きて夜明けを待って町を散歩する。本当に小さな町で何にもない。町全体が植物園のようである。4時半頃に夜が明けたが、目覚めは鳥の鳴き声だった。
Bruce Highwayをひたすら北上する。片側1車線だが、交通量が少ないので快適に走れる。気温は朝方は涼しかったが、すぐ酷暑ツーリングになる。休憩していると、「この暑さだから、少なくとも1時間毎に止まって水を飲むように」とR80GSを持っているというバンのお兄ちゃんに勧められる。町間の距離が長いのと暑さの為か、バイクをほとんど見かけない。昨日までは結構ピースを出したのと大違いである。タイで乗っているのでそれほど気にならないが、確かにこの暑さではバイクはきついだろう。
ガス・ステーションでのある発見。オージーは裸足が好きのようである。車から降りてくると裸足の人が結構いる。短パンにTシャツと極めてラフな格好に裸足は、アメリカ人の靴とタイ人のサンダルの上をいっている。こちらはフル装備のライディング・スーツなので、「暑いだろう」とよく聞かれた。でも、こいつを着ないと火傷をしたりひどいことになる。Tシャツライダーにもたまにすれ違うが、あくまで短距離ライドであり、長距離は無理。
GSの燃費は約20Km/L。320キロになると警告等が点灯する。ここでのガス消費量は16L。満タンで22Lなので、420−450キロ位が限界のようである。30Lのタンクがあると安心だな。
順調に走ってAirlie Beachの入り口の町であるProserpineに3時に着く。観光案内所があったので、暇そうにしていたサンタ帽を被っていた小父さんに宿を尋ねる。「どんなのか好みかね」と聞かれたので、「海が見えて、プールが付いていて、更にキッチンがあれば理想的」と言うと色々と探してくれる。中々ピッタリするのが見つからなかったが、ようやくMaritinique Whitsundayというコンドミニアムを見つけてくれる。160ドルと安くはないが、高台にあり眺めは抜群。プールはどちらかというとスパに近く、日本の露天風呂の雰囲気。フルキッチンもついており満足。広さは一番小さい1ベッド・ルームのユニットでも100平米はある。極めつけは、部屋に備えられている洗濯機と乾燥機。いままで、結構贅沢な宿に泊まったことがあるが、部屋に洗濯機と乾燥機が付いているのは初めて。今までの習慣で選択は手洗いのつもりだったが、せっかくだから文明の利器を使ってみることにする。
ここに3日間滞在し、さんご礁を観に行くつもりだが、クリスマスを挟むので店が閉まることを考え、スーパーで食料品を買出しする。野菜を中心にかなり買い込んだが35ドルと格安。中華のテイクアウトの1回分と同じ位である。中華は美味いだが、油がきついせいか常にもたれる感じがする。毎回中華の後は、腹がタプタプする感じになる。
今日の走行は795キロ。3日間の走行約2200キロ。第一ステージ終了である。
2001年12月23日(Day2)
早寝をしてしまうと、夜中に目が覚めてしまうので、10時過ぎまで起きていたが、2時に目覚める。でも、疲れていたせいかすぐ又眠り、5時半に目覚める。身支度をし、8時に出発。街道沿いのモーテルの利点は、すぐに快適に走り出せることである。今日は、昨日と打って変わって良い天気。日差しも結構強く、タイでの環境に近い。只、タイほど気温が高くないのか、ジャケットのエアダクトを空けると寒く感じる。
Brisbaneまでの400キロを快調に飛ばす。Brisbaneの100キロ近く手前からフリーウエイになる。都合200キロ程度はフリーウエイで130キロ程度で走る。フリーウエイが途切れると、Bruce Highway(Route1)となる。北上するにつれてかなり暑くなる。基本的に一般道なので、街中に入ると速度を落とし、眠気覚ましに丁度良い。町を歩いている人達は水着を着ていたり、カリファル二アの様である。休憩している時に、ヘルメットを落としてしまい、シールドにかなりの傷がついてしまった。走行に支障はないが、気分が少し落ち込んだ。
片側1車線でも、120キロで走っても問題無い。今日は、レーダーを一箇所発見。対向車がパッシングで知らせてくれたので、速度を落として難を逃れる。Gin Ginという面白い名前の小さな町のモーテルに投宿(55ドル)。時差が一時間あり、時間が儲かった。南北に走って時差があるのは、変な感じ。まあまあ走って840キロ。
2001年12月22日(Day1)
バンコク発のTG991でシドニーに定刻通り朝6時35分に着く。今回は久しぶりのエコノミークラス。着いた早々走り出すのでビジネスにしようと思ったが、エコノミーとビジネスの価格差が3.5倍もあったのでエコノミーにした。食事は結構充実しており、席が狭いのさえ我慢すれば問題なし。アメリカまでは価格差が2倍だったので、ビジネスを買ったことがあるが、3.5倍の価値はないな。左隣はタイ人の家族連れ、右はオーストラリア人らしき若い姉ちゃんだった。短パンにTシャツの兄ちゃんも結構いて、なんとなくほっとする。ネクタイをしている人が居ないのも良い。
空港でしばらくすると、バイク屋のオウナーのグラハムが迎えに来てくれる。店は彼一人でやっているらしい。店は空港から車で10分程度。用意されていたBMW R1150GSは走行7万キロ強。「結構走っているね」と聞くと、「7万キロは何でもないよ。そっちのR1100GSを見てご覧。20万キロを越えている奴もあるだろう。BMWは整備さえしっかりやれば100万キロでもちゃんと走るのさ」とのこと。タイで乗っている私のR1150GSはまだ8千マイルなので、あとどの位走れるのだろうか?
しばしバイク談義をした後、10時過ぎに店を出発。フリーウエイ(Route1)に乗るまで少し迷い、街中をうろうろする。フリーウエイに乗ってからも下道に降りてしまい、一般道をうろうろ。再度フリーウエイに乗り、ようやく快適ライド。交通量は結構あるが、New Castleまでの約150キロは片側3車線で快適。制限は110キロで、車の流れも制限の範囲内。こちらものんびり110キロで流す。New Castleでフリーウエイが終わり、Pacific Highway になる。基本的に片側1車線だが、2車線の区間も結構ある。1車線の区間でも、追い越しレーンが頻繁にあるのでストレスは感じない。無理な追い越しをかける車はほとんどない。速度・追い越し無制限であるルール無用のタイで走っていると、こんな統制の取れた所を走ると戸惑ってしまう。
Port Macquaireかその先のCoffs Harbourかのどちらかを今日の目的地にし、北上を続ける。結局、約570キロ走ってCoffs Harbourのハイウエイ沿いのモーテルに投宿(55ドル)。オウナーがホンダCBR1100XXを持っており、GSをガレージ内に駐車させてもらえた。GPSを外す必要がなく助かる。寝不足で走ったので、途中隣の車線にふらっと入ってしまい、何回かヒヤッとしたが、問題なく走りきる。後2日北上を続ける予定。日暮れが8時頃と日が長いので、その気になれば無理をしなくても距離を稼げるのが助かる。
今日の前半は雲が厚く、まるで日暮れ時の様に薄暗かった。雨も所々で降った。後半は、日差しが出て明るくなるがサングラスが必要な程ではなかった。でも、風が強いのでサングラスをした方が楽である。
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